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第1183話

作者: 宮サトリ
由奈は、言葉の力では彼に敵わない。

数言やり取りしただけで、完全に先手を取られてしまった。

結局、彼女は気まずそうに言うしかなかった。

「......私は、普通の人と普通の生活がしたいだけなんです」

「誰が僕と一緒にいたら普通の生活ができないと言った?」

浩史は彼女をまっすぐに見据えた。

「僕といれば、むしろ選択肢は増える。

普通の生活をしたいなら、そうすればいい。

もしそれに飽きたら、少し贅沢な暮らしをしてみることもできる。

二つの人生を味わえる。それって、悪くないだろう?」

由奈は、この男がなぜ白手起家でここまで来られたのか、ようやく理解した気がした。

恐ろしいほどに隙がない。

反論を封じるだけでなく、要所で甘い誘惑を投げ込み、心を揺さぶってくる。

彼女は下唇を噛んで考えていた。

浩史はなおも続けた。

「僕の言っていることは間違っているか?

君の人生は、僕に金があるかどうかで決まるわけじゃない。

すべては、君自身の選択と設計次第だ。僕たちは、ただ一緒にいるだけだろう?」

由奈はもう言葉を失っていた。

ただ立ち尽くしたまま、浩史がさらに一歩、彼女に近づくのを見つめた。

男のオーラが、完全に彼女を包み込んだ。

「どうだ。少しは考えてみる気になったか?」

彼が近づけば、由奈は反射的に後ずさった。

彼女が下がれば、彼は同じだけ前に出た。

やがて、背中が冷たく硬い壁に触れ、逃げ場がなくなったところで、由奈はようやく足を止めた。

目の前の浩史を見上げながら、頭が追いつかなかった。

少し前まで上司だった男は、どうして突然、こんなふうに自分をアプローチしている

のか。

これは現実なのだろうか。

それとも、辞職してから自分の頭がおかしくなって、幻覚でも見ているのだろうか。

考えに考えた末、由奈は気まずそうに笑った。

「......その、もしかして、私がいなくなって、仕事的にちょっと困ったとか、そういう理由じゃないですか?だから今、こんなことを言ってるんじゃ......。少し時間を置いて、冷静になったほうがいいんじゃないですか」

だが、浩史の目は一切揺れなかった。

「必要ない」

「僕は、いつだって自分が何をしているか分かっている」

幼い頃からそうだった。

浩史は常に、自分が何を欲しているのかを明確に理解していた。
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